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アメリカMBA生活~全ての出来事は必然!?~

アメリカでのMBA進学を契機として始めたブログです。MBA生活や日々感じていること考えることを書いていきます。

MBAサッカー大会


今日はMBAサッカー大会でした。

テキサスだけでなくて、ボストン・LA・ダーハム・サンフランシスコなどからMBAのチームが集まってリーグ戦とトーナメント戦を戦います。わざわざ飛行機で来るんだなぁ・・・と思いながら。

9月中旬に音が聞こえる肉離れをしてから、年齢のせいか5ヶ月も復帰にかかってしまいましたが、なんとか復帰できて楽しくサッカーができました。

サッカーをやりだすとそれに没頭してしまう性格は直っておらず、練習にもたくさん参加したくなりますが、昔よりはその没頭度合いはコントロールできるようになりました。

サッカーを通じてもいろんなコミュニケーションが生まれるし、いい一日でした。

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良いマネジメントって・・・




良いマネジメントになるために必要なことはなんでしょうか?

1つは、クリシン(問題把握力)だと最近想いを強くしました。

MBAでいろんな知識学びます。Operationってこんなこと学ぶんだ、Statistic、ためになります、軽視していてすいません、Marketing、もう少し詳しく実務に活かせるように勉強したい、など多岐に渡るだけ、下手すれば帰国後その知識に酔う恐れも否定できません。

「自分の得意領域に”逃げる”マネジメント」という表現を昔の業務の中で伺ったことがありますが、その方の的確な表現に激しく同感します。組織で何が課題であるかを分析せずに、自分の成功体験(得意分野)に基づき解決策を模索してもコストパフォーマンスが最善でないのは明らかです。

何が課題なのかを把握し、それを解決するための資源を準備・配分し、着実に実行していくこと。それが重要だと思っています。

でも、そんなスーパーマンなかなかいません。ならば配置の権限を持っている人事部が各組織の課題を理解し、それぞれの分野に”得意”な人材を配置するほうが現実的かもしれません。だたし、人事部も各部全ての課題把握をできない以上、それも机上の空論で、やっぱりマネジメントそれぞれを強くすること以外、近道もない気もします。

MBAの授業でケースを読んでいて、無意識のうちに答えにあう情報を探しているときがあります。それ、最悪です。

グロービスで習ったクリシン、もう一度しっかり磨きます。


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Expected value

「40歳を課長、50歳を部長、60歳を役員の上限とします。一切の例外はありません。」

こんな規則はどうでしょうか?

いやいや優れた人は年齢で区切れないでしょ、というご指摘はその通りですが、逆に組織の膠着化も一方のデメリットではないでしょうか。定量的に言えば、ジョブスの様な優れた経営者を高齢によって排除するリスクもあると思いますが、彼のような人が出てくる確率はかなり稀でしょう。仮に0.01%として、彼のパフォーマンスを100と仮定すれば、掛け合わせて期待値は0.01。一方で、硬直化、別の言葉で言えば、チャレンジを避ける判断(チャンスロスのリスク)をする役員を5%として、その弊害を-1とすれば、掛け合わせて-0.05。もちろん数字をどうおくかで結論は変わってくるのですが、左記の数字、実感覚と照らし合わせてどうでしょうか?運用の遊びが嫌いでないし、規則で縛るのはあまり好きでないですが、これに関しては上記のような定量的な側面からも、規則で縛ってもいいのではとも思っています。若い人が優れているとは限らないけど、でもチャンスを渡して上記の年齢制限で区切るって活性化やモチベーションの意味でも効果ないですかね?

「いいね」、押しにくい投稿で申し訳ありません。


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モノマネ

よくモノマネがうまいと言われます。
人があんまり気づかないけど、「それ、やってる!やっている!」というモノマネが好きです。

また仕事の会議での状況把握、相手の求めていることを把握することも比較的得意な方かもしれません。

そんなことが得意な理由の1つは、少なからず家庭の影響です。

父親は、今考えればしゃべりも営業のセンスもあった人だと思えますが、子供の自分からすれば、寡黙で笑わない怖い父親でした。母親は母親で、父親同様自営業で喫茶店などを1人で切り盛りして、今の自分でそれができるとは思えないことをやっていた人だなと思うのですが、これまた気分屋な母親でした。そんな両親はいつも喧嘩していばかりでした。例えば、母親が作った夕食を父親は食べることは少なく、私や妹が1階の化粧品店に父親を呼びに行き夕食と伝えても2階の自宅にあがってきません。今思えば、両親の会話の記憶も少ない気がします。そんな中で子供ながらに生き残る対策は、空気を読むことしかありません。「今父親に話しかけていいのかな?」「母親にどう伝えようかな?」なんてことに気を遣って、何が起きているかを把握しながら平穏を手繰り寄せていた気がします。

そこで磨かれたのは観察力、状況把握力、空気を読む力。微妙な動きを見逃しません。

振り返ると、そんなところに自分の1つの原点があるような気がしてます。

「重いよ・・・」という、読んで頂いている皆様の空気を読んでいないという突っ込みは甘んじて受けたいと思います。


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アメリカに馴染んできたなぁと思う瞬間 その2

・・・数ヶ月前・・・・

通ったことのない高速道路の料金の請求書が届いた。

数ドルだし、電話してもあんまり通じない上にたらいまわしにされるのも嫌なので払おうとしたが、妻からの猛烈な反対にあい、電話。

オペレーター「あなたの番号は××ですか?」

自分「はい。写真のナンバープレートを見間違えていませんか?」

オペレーター「いえ。××です。でも、あなたの車は○○なはずで、▲▲(自分の車とは違う車種)ではないですよね?写真には▲▲が映ってます。」

自分「どういうこと?自分の車は○○です。」

オペレーター「少し調べるので、待ってもらえますか?」


・・・待つこと15分くらい・・・・

オペレーター「お待たせしました。同じナンバープレートが2つの車に発行されています。あなたがこの高速道路を通ってないのことはわかったのでその請求書を支払う必要はありません。でも、あなたとナンバープレートの車が2台あるのは気持ちわるいので、該当の部署に行ったほうがいいです。」

自分「(そりゃそうだけど、そんなことあり??)」


・・・翌日、該当の部署に出向く・・・・


自分「これこれこういう事情で来たんですが。。。」

担当者「(パソコンをいろいろ打って)じゃあ、これが新しいナンバー。」

自分「(早!)あ、ありがとうございます。ちなみにこんなことってよくありますか?」

担当者「All the time!」


・・・先週・・・・

自動車のステッカーの更新の請求書が届く。

案の定、元のナンバープレートのまま。

数日後に該当部署に出向く。


自分「これこれこういう事情で来たんですが。。。」

担当者「これ、だいぶん前に印刷されているから。」

自分「いや、新しいナンバープレートをもらった日付の後に、この用紙は発行されていますが。」

担当者「反映に何日かかるのよね。ところでなんでナンバープレート変えたの?」

自分「これこれこういう事情・・・」

担当者「(笑)」

..................


ナンバープレートが間違えて発行されたときには、そんなことが起こるわけないと思ったのとそれゆえに他の部署に説明して信じてもらえるかで不安に苛まされましたが、最近来た請求書には「またか」と思い、数日して対応する心の余裕もうまれました。こんなことを楽しむとは絶対に無理ですが、馴れてはきたようです。



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ひと休み


インドネシアの友達と話をしていて、インドネシアで大地震があったとき、その友達はちょうどCEOや役員と会議をしていたようだ。会議をしていた2階でもビルは大揺れしたとのこと。さあ、避難しようとした時に、CEOは席を立たない。なぜかを聞くと、CEO曰く、「上の階の従業員の安否をまず確認したい」とのこと。

みなの結論は「本当のリーダーだね。でもその才能って生まれつきのものだよね」となった。私もそう思う。

やっぱり人を導くということは人間性による部分が全てとは言わないがかなり大きいし、Leading Peopleの授業を学んでもそれができるようになるわけでもない。

話を広げて、他の授業も、Leading peopleまでとはいかないが、知識は得られるけど果たして実務で使えるレベルをそのまま学んでいる感覚は正直薄い。Operationの授業とっても、その分野に抵抗感がなくなる程度で、”使える”レベルには到底ない。一番力を入れているファイナンスでも、FAには敵わない。経営者を育成することがMBAの目的であり、経営者は幅広い分野に見識があることが求められるのであるとすれば、合点のいくカリュキュラムだが、やっぱりなんかしっくりこない。

タイの友達が続けて、「ハードスキル(ファイナンスやアカウンティング)は誰でも身につけられるので、ソフトスキルをとることを重要視したい」とのこと。一理ある。

授業や課外活動で、馴れない言葉を駆使して議論して、プレゼンして、いろいろ提案して、なんて機会は結構あって、そんな場数を踏むことがある意味より価値があるかもしれない。

でも正直会社でも同じこと、それ以上の経験はできる。学校は失敗してもBの成績をもらうだけで、会社だと残りの会社人生変えてしまうかもしれない。だから本気でケースを解いていても、実務のほうが真剣だと思う。MBAには刺激的な仲間がいるといっても、自分がわかっていないだけかもしれないけど正直絶対敵わないと思うほどスゲー人間に会えたとも思えないし、人間一緒に長くいれば正直馴れて感じなくなる。むしろ、今思えば、会社であった人間で敵わないと思う人間がいた気がする。

アメリカのMBAは20歳後半の人間が多くて、社会に出て4~5年の学生が多いと思う。自分もそれぐらいのタイミングで来ていたら少し感じ方も違ったのかなとも思う。歳を食っているからなのか、既に日本でMBAの基礎知識を学んできたからなのか、性格が捻くれているからなのか、まだMBAというものを理解できていないからなのか、ふと振り返ると新しい発見を無理やり探している自分もいる。

MBAにおける目標達成に一日一日真剣の臨むことには何も変わりは無く、将来実現したいことのために必要な授業や課外活動を行うことも事実だけど、時々少し立ち止まって冷静になることも事実。

果たして半年後、1年後はどう思っているのだろう?


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杞憂

遥か昔、杞の国の人々が空が落ちてくるのではないかと憂いていたことから、杞憂ということわざが生まれたと読んだ記憶があります。

その杞の国に先祖を持つことを疑わないくらい心配性な自分は、妻によく迷惑をかけていて申し訳ないと思っています。

しかし、私生活においてはその性格を直したいのですが、ビジネスにおいてはそのままの性格でいいと思っています。

例えば、何かの投資を”検討”する上で、この性格を存分に発揮して、ダウンサイドのリスクを把握しておくことに損はないと思います。DCFのよく指摘されるデメリットとして、FCFの算出が楽観的になりすぎることがありますが、NPVという数値が「ありえるFCF×その可能性」を基に試算する数値である以上、下振れのFCFとその可能性を測っておくことは間違ってはいないと思います。

ただ一方で投資を”判断”するときは、その性格は横に置き、きちんとNPVをみて判断することに神経を注ぎたいと思います。統計上、試算が正しい限り、NPVをみてプラスのNPVに投資判断していくこと、し続けていくことがプラスの結果を生むはずです。もちろん、まぐれであたることもあれば、逆に90%のポジティブNPVでもネガティブな結果が出る場合があるかもしれません。でもそれはあくまでも結果であって、判断するときは純粋にNPVをみて判断すべきでないでしょうか?

実社会で判断がそれだけでないことはよくわかっているつもりです。単に好き嫌いで決まることも多いかもしれませんし、直感みたいなものもあると思います。わかりやすく端的に解釈すれば”政治”でしょうか。でも、その直感はFCFの試算のときに組み込めばいいだけであって、NPVが出てから「やっぱりリスクがあるから」といって投資判断しないのは、単なる好き嫌いです。だからあえて、NPVに愚直に沿うことが意味があると私は信じてますし、そういった姿勢で実社会でも臨みます。

将来そんな経営判断に関われる機会があるかどうかわからないので、どういう姿勢で臨むかを悩むのは杞憂かもしれません。でも、最近ファイナンスを学んでいてそれがより学問的によればよるほど、実社会での活用の仕方を思案する中で感じた素直な気持ちでした。


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1/3


まだアメリカは1月31日です。

ちょうど1年前にここオースチンに人生で初めて来ました。

今思えば、そのときには、

夏の灼熱の暑さも、

ありえない接客レベルへの諦めも、

学校に戻ったときの高揚感も、

MBAが始まったときに感じた焦燥感も、

当たり前だけど国籍で性格は括れないことも、

意外に伸びない英語への苛立ちも、

オースチンが花粉の宝庫であることも、

想像できていませんでした。

生活を始めてから1/3が過ぎました。

あと2/3、いえ、486日/(365日×2)を一日一日積み重ねていく中で、

ビジネススキル的にも人間的にも成長できるよう精進します。


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You can make your decision


娘は、教会の付属の保育園に通っているのですが、

昨日、保育園から連絡があり、「『教会に爆弾がある』という置手紙があった」とのこと。

それは大変だと思ったら、「明日も先生達はいるので、来ても大丈夫よ」と。

いやいや、free to come! と言われても、

奥様は家にいますので、さすがに今日は預けずにいたら、

また保育園から電話がかかってきて、「全て問題は解決した」とのこと。

さすがに今日はほとんど子供は来ていなかっただろうと思ったのですが、

半分以上は来ていたようで。

仕事している両親もいるので一概には言えませんが、

自己責任の国アメリカを感じた出来事でした。


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